YASさん ~The World~

デザインから日常から~

「悩む時間」と「描く時間」


フォロワーさんとのやり取りで思い立ったので記事にしてみます。デザイン以外の事でも言えるだろうと思う「答え」の時間と「悩める」時間。

誰もが一度は見聞きした事があるのではないかと思う「なんでも人に聞くな!自分で考えろ!」という言葉。まァ分からなくもないです。この言葉が決して間違っているとは言い難いですが、個人的にはそんなに意味なくね?というのが正直な感想。

例えはなんでもいいのですが、私の分野がデザインなのでデザインで考えてみましょうか。前記の言葉の「考える」事のいい意味で言えば、例えば広告デザインの配置ですね。商品やモデルや文字の配置、大きさやカラー、こういう事に関しては「自分で考える」事はとても大切な事です。
人の視線は上下左右どこに動きやすいか、目を引く色は何色か、フォントや流行色なんかも取り入れるとなると「自分で考え」てあらゆる方向性を導き出して答えに繋げる事が肝要です。なによりも経験になります。そして、対クライアントの場合は「自分で考えた」からこそ詳しく説明が出来るので、検討してもらえるプレゼンが出来るワケです。








しかしながら、個人的には考える・悩む意味は無いのでは?という要素が多いです。

トライバルに関しては、描き方や民族や地域に置ける柄の意味合い等、自分で考えてどうかなるものでもないし、全て自分で調べ上げる時間が勿体ないからです。ネットや文献を漁っても、場合によっては得られるものが無い可能性もあります。それなら、分かる人に聞いて、さっさと描き方や意味合いを理解して、考える時間を描く時間にしたほうが確実にスキルアップ出来るからです。

社会人になり仕事を始めると、この「自分で考えろ!」という言葉を体験する機会は増えます(私も言われた記憶があります)。
メチャクチャ無駄じゃないですか?これが営業職ならば、コツが掴めれば数字が取れるので会社の為になります。建築業であれば、すぐさま作業に取り掛かれるので時短になります。

「自分で考えろ!」は、あくまでその後の勉強や経験となる場合に限り、の話しです。そうでなければ、答えを導き出せなかった人間は永遠に答えが分からないままですから。これが学校なんかの教育現場になれば尚更。卒業するまでに最低限の知識や技術を学ぶ為に通っているのに、何から何まで「自分で考えろ!」と言われると、最悪の場合なに一つ学べないまま卒業する事になります(というか、卒業すら出来ない可能性のほうが高い)。








なので、私は常々言っている事なのですが、分からない事は分かる人に聞くべきです。時には遠回りする事も大切ですが、近道が出来るならそのほうがいいだろうと私は思います。
荒れ果てた獣道を何日もかけて進むぐらいなら、舗装された綺麗な道を半日で進んで、残された時間は休息を取るなりなんなり有効に使うべきです。

個人的に、家庭教師のように詳しく教えていくのであれば「自分で考えろ!」ではなく「どうしたらいいと思う?」という質問形式で投げ掛ける事は多々あるでしょうけど、知っている限りは必ず答えは教えます。それが本当の「答え」かどうか不明確であったとしても、自分なりに辿り着いた「結論」や「考え」は答え(教え)ます。
それに納得してそのまま進むならそれはそれで良し。納得出来ず、自分なりの真意を探そうと思えたのならば、そこからが本当の意味での「自分で考えろ!」という言葉に繋がるのではないかと思います。

なので、質問があれば誰でもいつでもなんでもドーゾ。私で良ければ知っている限りは基本的に答えます。納得いかなかったり、それ以上を求めるのであれば、その時に始めて「自分で考える」事をしてください。
そうでなければ考えている時間が勿体ないです。検索する為にスマホを触る時間は無駄です。その時間があるなら、さっさと答えを知り、本来なら考えていたであろう時間を使って「実践」しましょう。

上手くなりたいなら、頭ではなく手を使うこと。
「どうすれば綺麗な線が引けるンだろう」と頭を抱えるだけの時間があるなら、その時間実際に何度も線を引きましょう。それがベストです。